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みみずくDiary in China

中国留学中のみみずくによる普段着のChina徒然日記

どっちがいいのか

日本では衆議院議員選挙が終わって、また新たに政治が動いて行くのだと思うけど、最近ちょくちょく思うのは、

どの国も今、沈みかかった船の状況の中、どの船に乗るのが安全なのだろうか

ということ。

私が今いる国の人々は、きっと日本がまさに“黄金の国ジパング”に見えていると思う。

文化背景も距離も近いのに、治安・社会保障・経済・生活水準などありとあらゆる面で自国より格段に優れている。

しかも人口も自国の10分の1だから、過酷で熾烈を極める競争社会でもなく、のうのうとしていても世界でも一流の生活水準を享受できる。

また、日本人の特性から言って外国人に弱いから、不満があればお得意の大声で騒げば、自分のわがままもある程度は通ってしまう。

そりゃ、私が見ても黄金の国に見えますがな

一方の日本人は、度重なる増税の割に目に見えて良くなる訳でもない生活に疲弊しきっている。

日本に生まれただけで、諸外国にはない色々な安全や安心に与る幸せに浸りながら、それに気付けないほど、社会には閉塞感が支配的であるように感じる。

富裕層の多くが日本を見限って海外に移住した、とのニュースを見たのはいつのことだったか。

日本人には年々厳しく、しかし外国人なら楽に暮らせるように見えてしまう今の状況であれば、確かにお金さえ持っていれば、海外に逃げたいという気持ちは、貧乏留学生の私ですら思うことだ。

スーパーな助っ人が現れて船が素晴らしく修繕され、土壇場で沈むのを免れ乗客は全員救われた、というミラクルももちろん存在するし、そう願っている。

(そんなミラクルはそうそう起きないし、多少の犠牲者は必ず出てしまう、というのは今回は棚上げしておく。)

だが、今ここで問題としたいのは、仮に早晩沈んでしまうと想定して、どうせ沈むのであれば、どの船に乗って最期を遂げるのが本望か、ということ。

その場合、恐らく日本人では、だったら慣れ親しんだ日本船に乗ろう、という選択をする人が多いのではないだろうか。

では、私が今いる国の人々はどうだろうか。

私はこの国の人間じゃないからわからない。とは言え、他の船を選ぶ人が多いんじゃないかな、という気がしている。

生まれ育って慣れ親しんだ船を捨てて、何が何でも他の船に乗って最期を遂げたいなんて、それはそれである意味とても不幸な状況だ。

生まれた国で最期を遂げたいと思い、帰巣本能の働く場所がある。

それだけで、十分幸せなのかもしれない。

幸せってなかなか実感できるものではないかも知れないけれど、案外身近にあるものなんだな。