居場所さがし
先日の記事で、「ゆるく転職活動中」と書きましたが、訂正!
必死で、ガチで、死に物狂いで転職活動します!
というのもわたし、転居を伴う転職をして今、まったく縁もゆかりも無い土地に住んでいるのですが、不利益しかない…!(TдT)
多分ここの土地柄もあると思うのですが、地元の方に「評判の良い病院/美容院/ベーカリー/◯◯専門店」等を教えてください、とお尋ねしても
「知らない」
「わからない」
「自分でネットで探したら」
としか言われないんですよ…。
いやいや、ここに住んで数十年の人の方が詳しいでしょう?と思うのですが、そもそも他人にぶっきらぼうというか、人見知りが激しいというか、警戒心が強いというか…。
最初は、ここに定住しようとも思っていたのですが、だんだんと違うな…という気持ちのほうが強くなってきました。
また、医療へのアクセスが容易でないことも、ここに来るまで全く知りませんでした。
住んでいると、これはかなりの不都合です。
これまで、日本全国そこまで格差はないだろうと思っていましたが、こうも違うのか!と考えを改めました。
今はお陰さまで何とかなっていますが、老後を考えると、医療へのアクセスはかなり重要だと考えるようになりました。
(それほどの年齢になってしまいました…!。゚(゚´Д`゚)゚。)
断っておきますが、今いるところは、本当に素晴らしいところなんです!
食べ物も美味しく、街もきれいで素敵です。
物価が高いのでわたしのようなワープアは節約や工夫が必要ですが、少なくとも、なんとか最低限の生活は維持できています。
ちなみに個人的には、特にどこの土地にも大きな思い入れはないです。
生まれ育ったところは、おそらく観光客として訪れる分には非常によいところだと思いますが、仕事をするとなると…。(-_-;)
賃金も低く働く場所も少ないので、リタイア後に戻るかもしれない、でもどうかな…くらいの気持ちです。
わたしのように事務職しか経験がないと、なかなか求人はありません。
とはいえ、わたしには守るべき家族はいません。
自分で自分を養えれば、それでいいんです。
これは、家族がいらして、その扶養や養育に責任を負うべき立場の方からすると、かなり気楽だと思います。
守るべき家族がいると、どんなに合わない職場や上司のことも、我慢して働き続ける必要があります。
その結果心身を壊しても、それに気づかないふりをして、やはり働き続けなければならない場合もあるかもしれません。
そのような方から見ると、わたしは何と気楽でわがままなのかと映ると思います。
それでもわたしは、ほかの誰かではなく自分で自分を幸せにしたいんです。
わたしは、自分の人生を自分で歩みたいのです。
わたしは、確かに孤独で惨めではありますが、同時に自由もあります。
わたしは、残念ながら幸せとはいい難い家庭に生まれ育って、家庭内にもずっと居場所がありませんでした。
息苦しく、重暗い場所がわたしの生まれ育った家庭でした。
だからこそわたしは、自分で自分の居場所を見つけたいのです。
希望は捨てていません。
わたしはきっとなんとかできるという、根拠のない自信だけなら持っても良いと思っています。
大丈夫!
生き抜いてみせる!
というわけで、みみずくの居場所さがし、to be continued...です!
人生の岐路
お久しぶりです。
またまたご無沙汰しております。
引き続き、ゆるく転職活動中のみみずくです。
日本は今、人手不足とか言ってますけど本当ですか?
日本では大抵の場合、年齢だけ見て足切りがあるので、私はそもそも履歴書すら見てもらえません。
まあ、そもそも立派な経歴もスキルもないので、当然かも知れませんが。
唐突ですが、人の寿命が正確ではなくても、なんとなくわかるといいなと思いませんか?
「あと◯◯年以内」とだけでもわかったら、そこから逆算してお金の計算をして、好きなことを思い残すことなくできるのに、と思ってしまいます。
それがわからないからこそ、病気をして苦しくても、無理やり仕事に行ってお金を得なければならないという、非常にQOLの低い生活を強いられているように感じます。
ところで私はまた、人生の岐路に立たされていると感じています。
中国から帰国すると決めた時、転職すると決めて転職した時、そして今も仕事絡みで人生の岐路に立たされている、そう感じています。
毎日が心折れそうな日々ですが、私を採用してくれるところは必ずあって、まだ見つけていないだけと思うようにしています。
日本にもほかの国にも働く場所はあります。
まだ見つけていないだけ、と考えるほうが建設的じゃないかなと思って。
これは今転職活動中の、どなたにでも言えることだと思います。
私も皆さんも必ず働く場所はある、まだ見つけていないだけ。
それに、少子高齢化社会の日本、私のような超氷河期世代は人数も多いし、重要な労働力になるはずです。
私はわたしを養えれば良いので、健康にいられる職場ならば、それで構いません。
きっと見つかるし、見つけてみせる、そう強く願っています。
転職活動中の皆さん、一緒に頑張りましょう!
転職って難しい、そして人生は素晴らしい
本当に転職を真剣に考えているわけではないんだけど、転職エージェントに登録して話を聞いてみた。
現在の転職市場ってどんなもんなんだろう、と思って。
結果、全般的にみると好調だが、年収を上げるのは難しいとの話だった。
わたしの場合、まずキャリアといえるキャリアがほとんどない。
その割に年齢だけは上がっちゃってる。
その条件のもと中途採用で働いているから、マネジメント経験がない。
そっか、じゃあ今の職場にしがみついてのらりくらり働いたほうが得なんだな、と考えをまとめることができた。
正直、体調不良で休みがちな今の職場からは、いろいろと示唆されたことも多い。
でも、ここでは自分を追い込まない程度にのらりくらりと居座ろうと思う。
そのためにはまず、直属の上司、この人が厄介だ。
同僚たちからは「心がない」と隠れて評価されている人物で、自分には思いっきり甘いが他人には容赦ない。
この人を攻略せねばなるまい。
っていうか、この人、わたしが見てもそのうち身体壊しそうな体型してるんだよね。
それをひそかに心配している。大丈夫なのかなぁって。
んで、人には思いっきり冷たい仕打ちするけど、自分がいざ体調を崩したら、この人どうするんだろう…って。
それを何気なく同僚に話したら、「大騒ぎして自分は仕事ずっと休むんじゃない?絶対仕事には来ないよ(笑)」って返されて思わず納得してしまった。
確かにそんなタイプだろうな。(笑)
親切は人のためならず
親切は自分のためにするもんだよ、ってわたしは痛感しているんだけど、この人もそのうち知るのかな。
いや、知っても学ばないんだろうな、こういうタイプでのし上がってきた人は永遠に。
わたしは、人の人生をめちゃくちゃにしてまで自分がのし上がって、それで人生タダで上がりになるとは思っていない。
あと、仕事(というか職場)に人生をささげる生き方はしたくない。
人生ってプラマイゼロで上がる気がしてるから、今好調な人もその前はどん底だったかもしれないし、今どん底な人だって、これからその分幸せが訪れるはず。
SNSでとっても幸せに見えるあの人たちも、もしかしたら義両親やお隣さんとの関係に悩んでいるかもしれないし、子どもや孫のことで悩んでいるかもしれない。
はたまた、実は水虫が全然治らないとか、鼻毛が数時間で伸びちゃうとかいうひそかな悩みを抱えているかもしれない。
勝ちっぱなしの人生なんてないし、どこかで必ず大負けすることがある。
わたしはどん底の時が多いけれど、人生100年と考えたら、大きな幸せがこれからやってくる予兆なんだ、と思っている。
ちなみに、わたしの人生、なかなか面白いよなぁと自画自賛している。
どん底なんて何度経験したか数えきれないけど、本当に幸運なことに命までは取られていない。
わたしは優秀な人物ではないけど、人生経験としては絶対にほかの誰も経験していないであろうことも経験している。
あれ?
なに言いたいかとっ散らかっちゃったけど、転職は難しい、でも人生は素晴らしいってこと。
気長に幸せを待って暮らしましょ。
わたしがずっと悩んでいること
アカデミックの世界を諦めて日本に帰ってきて、わたしはずっと日本で働いているんだけど、悩んでいることがある。
それは、数年に一度は体調を崩し、なかなか回復せずに転職しているということ。
原因はストレスなんだろうけど、自分で体調をコントロールできなくなる。
もちろん病院に通ってはいるけど、医師からも「そういう病気だから」といわれてしまう、根治療法が未確立なものらしい。
もちろん、病気と上手に付き合いながら仕事をしている人もいると思うけど、症状って人によってさまざまだから、万人に当てはまる病気への対処法はない。
生死にかかわる病気ではないから余計に軽視されていて、わかる人にしか辛さがわからない病気であるのもまた悩みどころ。
あ、とはいえ宗教とか「なんとか水」とか、壺とか石とかの力にすがるつもりはないし、わたしは現代医療を信じている人なので「こんなに良いものがあるのに!」と思ってくださった方、お気持ちだけ頂戴いたしますね。(^_-)-☆
生きていくって本当に難しい。
自由になる生き方を模索しているけど、結局はお金に行きつく。
とはいえ、お金があっても治らない病気は治らないよね。
(余談だけど、資産80億円超えの末期ガン医師投資家さんのYouTubeを見た。80億円あっても病気は治らないけど、資産はある程度家族に残せるから、やはりお金はあっても良いものだと感じた。)
あ、「こうすれば稼げますよ」とか「よい商材がありますよ」と思ってくださった方、きっとそれはわたしには扱いが難しいものだと思いますので、こちらもお気持ちだけ頂戴しておきますね。(^_-)-☆
日本の場合、わたしのような超氷河期世代は「棄民」だから政府も助けてくれない。
いなかった存在としてこれからも日本では扱われていく。
(それなのに、国民の三大義務だけは課せられるって、本当に哀れな存在。)
そして女性の場合、日本ではどんなに頑張っても男性優位の評価しかされない。
じゃあ、わたしは適当でいい。
一生懸命やって体調を崩して、職場に捨てられ、政府からもいない存在として扱われているのだ。
のらりくらりと生きながら、サバイブ法を考えよう。
頑張らなくていい。
頑張ったって、日本では何にも評価されないから。
久しぶりにかなりうれしいこと
ここ数か月、なかなか連絡の取れなかった友人がいる。
体調を崩してしまって療養中なのは聞いているから、もしかしたら容体が悪化したのかもしれない、と思いつつ「大丈夫」というその人の言葉を信じて、しばらくそっとしていた。
すると年明けしばらくして連絡をもらって、曰く、体調が落ち着いたから心機一転、気に入った街を見つけて引っ越しし、またしばらく自宅療養したら職探しをするつもり、とのことだった。
久々に嬉しいニュース!!
良かった!!良かった!!嬉しい!!
と、何度も大喜びしてしまった。
誰だって人生がつらい時がある。
その時間を過ごして、耐えて、乗り越えて、また自分で人生を切り開いていく。
これって、想像以上に孤独で絶望的なときを過ごす必要がある。
わたしもその人もお互いに簡単に会いに行ける距離にいるわけではないし、わたしには家族がいない。
だからお互いの状況をよく理解できるし、分かり合える部分も大きい。
その友人が新たに一歩を踏み出すことは、わたしにとってもとても嬉しく、大きな一歩だ。
新年からこんなに嬉しいことが待っているなんて、今年は良い一年になりそう。
あけましておめでとうございます 2026
年が明けてから暫く経過しましたが、あけましておめでとうございます
今年も皆さまにとっても、わたしにとってもよい一年となりますように!
なんとなく、年初の思いなどを綴ってみる。
今年わたしは、
- わたしを大切にしてくれる人を大切にする
- わたしとリアルで繋がってくれている人になるべく会う
- お金にもっとシビアになる
- わたしを軽んじてきた人のことは忘れない
に注力したい。
ここでも何度か触れているけど、猛毒両親持ちのわたしは、その後遺症から未だに逃れられていない。
大切にされていないのに、そんな人にでも無償の愛を注がないといけない、優しくしないといけない、自分を犠牲にしてもその人の利益になることをしなければならないと思い込んでいて、自分を消耗させてしまう。
今年こそ、自分を大切にしてくれる人をもっと大事にして、そうでもない人のことはそれなりに扱うようにする。
中国を中心とした海外に住んでいた経験があるので、わたしは多分、外国人の知り合いが割合多いほうだと思う。
FBで未だに繋がっていて、わたしのポストにも頻繁にコメントをくれる友人がいる。
もう何年もリアルで会えていないから、その人たちにもっと積極的に会いに行ける一年にしたい。
ひとつ上に書いたこととも重複するけど、わたしはわたしを大切にしてくれる人に、もっとありがとうの気持ちを伝えていきたい。
それからお金について。
わたしは社畜をしていて、平均よりもかなり低いお金しか手にできていない。
それは、日本と中国で院生をしていた期間が長く、そして学位や海外での経歴が日本では一切評価されないからだ。
とはいえ、「お金は汗水垂らして自分で稼ぐもの」と教えられ育ってきた年代なので、投資などに疎く、また元来うまい話には乗らないし乗るつもりもない。
(ので、勧誘しようとしても無駄ですので悪しからず。)
ならば、もっとお金にシビアに暮らそうと思う。
サービス残業はしない。
自分の得にならない付き合いは(元々してないけど)しない。
職場はお金を稼ぐ場と割り切って、個人的な付き合いはしない。
これも、最初に書いたこととやっぱり重複するけど、わたしはわたしを大切にする。
最後は、実は上の3つまでを書いてからふと思い浮かんで付け足した。
わたしは誰に対しても敬語で接するし、自分経歴も話していない。
(日本では学部卒が最も評価されるし、欧米以外の大学院留学経験や学位持ちなんて、日本では何の価値もないから。)
だからか、やたらと若い子たちに軽んじられて馬鹿にされがちなんだけど、その子たちのことは覚えておく。
嫌な記憶を蓄積するのではなくて、その子たちこのとはそれなりにしか扱わなくてよい、無理して助ける必要はない、放っておけと自分に覚えさせる。
ここまで書いてきてよりクリアになったんだけど、
わたしはわたし自身と、わたしを大切にしてくれる人を労って、そうでもない人は断捨離する。
2026年はそういう一年にしたい。
皆さまはどのような一年にしたいですか。
今年も生きています!(2025)
またまたお久しぶりです。
というか、自分のPCを立ち上げること自体も久々すぎてログインPINコードすら忘れていました…。
(どんだけよ…!)
数年前に清水の舞台から飛び降りる気持ちで自分で買ったこのPC、仕事で使っているものとキーピッチなどが違うので、ミスタッチしまくりです。
もともとPCは得意ではないし、ますますプライベート用PCから遠ざかってしまいそう…と思いつつ、せっかく買ったんだし、元を取らなければ!という気持ちもあります。
仕事では毎日PCを使っていますし、というかPCなしでは仕事なんてできない現代社会ですが、プライベートでは日本もようやくスマホのみでも生活ができる環境になってきました。
このブログのタイトルをご覧になると推察できるかと思いますが、わたしは中国留学経験者で、割と長い間中国で暮らしていました。
帰国してもうずいぶんと経ちますが、ようやく、本当にようやく日本も中国のようにスマホひとつあれば生活が完結する環境が整ってきました。
と、余談はこれくらいにして、ここには年に一度は近況報告というか、生存報告に戻ってきたいなと思っていて、12月になってやっと今年も生きてるよーって報告に来ました。
無病息災とは残念ながらいえなくて、またまた病気をして休業しつつ、現在も治療を続けながらの毎日です。
(深刻な病気ではないし命に別状もないですが、完治が難しく地味に面倒くさい。)
調子が悪くて仕事をお休みすることもありますし、そのためこの物価高のなか収入減に苦しんでいます。
でもなぁ、生きているだけでいいんです。
よく聞くことですが、「わたしが生きている今日は、ほかの誰かが生きたかった未来」かもしれないんだよなぁと思うと、わたしも確かに辛いのですが、与えられた人生を全うして生き抜くまでは、日々に感謝して過ごすしかないと感じています。
今日も辛かった、でも今日も一日生きた、ありがとう。
そして、いつ更新されるかわからないし、特に楽しい内容も役に立つ内容も一切ないこのブログなのに、たまたま見ていただいた方も、本当にありがとう。
もしかして読者登録をしていただいていて見ていただいた方、心から感謝します。
今年も何とか生きていました。
来年こそ、楽しく過ごせる一年でありたいと願っていますし、そうなると信じています。
皆さまも、良いクリスマス、良い年末を!
来年ももっと幸多い一年となりますよ!