節約志向 または、中国人とお金
先ほど、寮で使っているインターネットの料金を10元のものに引き下げた。
日本で大学に通っていた時、大学施設内のネット環境を利用するのに料金はかからなかった。たぶん、その料金も学費内に含まれていたからだと思う。
しかしここでは、個人で月々いくら、と払わなければならない。大学によって差があるとは思うが、少なくとも私の在籍している大学では、自費で払わなければならない。
インターネットのプランには、月々50元(約950円)、30元(約570円)、10元(約190円)と3つがあって、これは教職員も同じである。
料金の差は、接続速度の差とメールサーバの容量で、高いものから順に速度も容量も大きく、低料金になるにしたがってそれも落ちる。
しかしここでも外国人料金のようなものがあって、留学生は強制的に月々50元(約950円)のプランに申し込みをさせられる。理由は「海外にアクセスすることが多いから」だそうだが、眉唾だ。
だってこのご時世、サーバーを自国以外の海外に置いているサイトなんて、腐るほどある。中国のサイトであっても同様で、サーバーが香港だったり、はたまた南米だったり、様々なのだ。
来たばかりの1年目は、何もわからず言われるまま50元のプランを契約していたが、とにかくネットの速度が遅い。
すると、半年ほど経ったころ、米国人同学から「知ってる?ネットの速度って、どのプランも一緒っていう噂があるよ。」と聞いた。しかも曰く、「自分は30元のプランに落としたけど、50元払ってた頃と速度は全く同じ!だから来月は10元に落としてみる!」とな…。
これを聞いて頭に来て、そのまま寮に帰ってすぐに30元プランに落として、以降ずっとそのままである。
しかし、その30元のプランもその値段に見合った速度とは思わない。
だからさっき、10元プランに落としてやった。
まあ、サーバーが日本にあるはてなブログにも、こうして普通にアクセスできているし、まだ体感的には変化はない。それに、不満があったらまた元のプランに戻せばいいだけの話だ。
お金は無限でなく有限。どこからか湧いてくるわけでもない。お金がない辛さは、身に染みて知っている。だから、要らない部分はどんどんコストカットしなければね。
中国人とお金
ところで、もうすっかり忘れかけているのだが、日本ではお金の話をするのは下品ではしたないとされる(と思う、確か)。
しかし、中国では全くそういうことはなく、逆に人民の最も好む話題である。
私が日本人であるとわかると、初対面でも「給料いくら?」、「初任給はいくら?」、「父親の給料はいくら?」、「日本人の平均所得は?」とお金の話で質問攻めに合う。(初対面で給料を聞くのも、全く失礼には当たらない。)
どうして人民はお金の話を好むのか。
中国人に聞くと、中国人は政府を信用していないらしい。政局も盤石とは言えず、将来に皆不安を感じている。政府による年金制度などはあるにはあるが未整備で十分とは言えず、信じられるのは「お金のみ」という結論に至るらしい。
よって、寄ればお金の話ばかりするのだそうだ。
ちなみに私の中国人の友人たちは、若くても皆不動産投資などで資産を増やすことに余念がない。しかも、びっくりするくらい高額のお金(数千万単位)を、若い女の子が一人で動かしている。(←ちなみに、「お小遣いの範囲内」だそうな)もちろん、彼女は富裕層の女性ではなく、一般の家庭出身である。
彼女は年に数回は海外に飛んで、不動産投資のため海外の物件を見て回っている。何度も言うが、これが中国の一般家庭の経済状況である。しかも彼女一人に限った話でなく、彼女と同じ層に属する友人たちは、皆似たり寄ったりの経済水準である。
日本人の一般家庭で、こんな家庭ってあるのかなぁ。少なくとも私は知らない。まあ、私がド庶民出身だから知らないだけかもしれないけど。
さて、私がこのブログでしばしばお金の話題をするのも、きっとこちらの文化に慣れきってしまっているからであると、以上の理由からどうぞご理解いただきたい。
…え?!何お上品ぶっちゃって、元々品性の欠片もなかったくせに、ですって…?!
あらいやだ、もっともですわよ。否定はいたしませんわ!( *´艸`)