みみずくDiary in China (だった)

中国留学からニッポンに帰国したみみずくによる普段着の徒然日記

春眠暁を覚えず…?

今日は体調が思わしくなくて、またぐでぐでしてる。

なんだろうなぁ…。

夕方から食事会をオーガナイズしなくちゃいけないから、シャワー浴びなきゃだけど、寒すぎて頭痛もしてるから行きたくない。

ゆとりちゃんたちって、やたらと集まるのは好きなのに、計画や実際の段取り設定はまったくしたがらない。

あくまで、美味しいところだけ取りたいんだよね、あの年代って。

だから、面倒なことは最年長の私に常に全部丸投げって、何なのよ…。(-_-;)

そんなに暇に見えるのかね、私って。

しかも、やってもらって当然と思っているから、なんの気遣いもない。別にいいけど、私はできなかったな~、そんなこと。

体調が思わしくないし、正直今日は行きたくないわ。

(以下愚痴につき、閲覧注意)

 

本当に行きたくなかったけど、行かなきゃだよな、という義務感だけで雨の中、レストランで食事会を設定した。

私はゆとり世代ではないので、ゆとり世代の中にいると違和感しかない。

この子たちが日本の中心世代になった時、日本ってどうなるんだろう。

ゆとり世代の最年長はもうアラサーだけど、その世代になっても、定職はおろかアルバイトさえ碌にしたことがなく、日本社会さえまったく知らないのに中国に留学して、偉そうに日本文化や日本社会を語る。

アラサーになった今でも、親のお金で生活しているのに、まったく疑問に思っていない。恥ずかしかったり、情けなくならないのかな…?

自分でお金を稼いだこともないのに、留学先で親のお金で贅沢をする。

お金の価値というものを知らないから、平気で無駄遣いをする。

日本の社会を知らないのに、どこの社会のことを語るんだろう。

日本語さえ碌に話せていないのに、外国語で何を話すんだろう。

日本語でさえ物事を考えていないのに、外国語で何を考えるんだろう。

少なくとも私の世代までは、高校時代や大学時代に、先輩たちとの交流を通じて、思考することの大切さや面白さ、ひとつの小説や漫画についての様々な解釈を語り合うことの意義深さなんかを学んだと思う。

しかしゆとり世代ってまったく違うんだよね。その違和感を、うまく言葉で表現できないんだけど、直感的に全然違う。

なんていうか、日本語で話してるのに、色々と伝わらない。

内々の世界でだけ固まって、内々の世界でだけ共有できる概念の中にいられさえすれば、安心する。

私が学部生の頃には、勉強とアルバイト、恋愛に国内外旅行に遊びにと明け暮れていた。

しかし、ゆとりちゃんたちは、恋愛や旅行の経験さえないんだよ、アラサーになっても。人間としての魅力の幅が、物凄く狭いんだよね。

そして、「みみずくさんってすご~い!どうやったらそんなに色々な経験できるんですかぁ?」って聞かれるんだけど、答えは簡単。

  • 自分で興味があることを見つけて、やってみる

それだけ。

何でも自分で探して、やって、それで初めて経験を得るのであって、ゆとりちゃんたちみたいに、「誰かに与えてもらわなければやらない・できない」のであれば、得る経験もないに決まってる。

苦労をしたくない、辛い思いをしたくない、面倒くさいことをしたくない、傷付きたくない、というゆとり世代ちゃんたちに、一体何ができるのだろう。

一生誰かの庇護下にいないといけないんじゃないの?でも、誰が守ってくれるの?

親なんていつまでもいないよ。

加えて、今まで恋愛もしたことがないし、他人に思いやりも示せないくせに、自分は将来立派な家庭人になれると思っている根拠を知りたい。

ゆとり世代といると、破滅しか感じないわ。

日本をぶっ潰すためには、ゆとり教育ってちょうど良かったのかもしれないよね。