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みみずくDiary in China

中国留学中のみみずくによる普段着のChina徒然日記

抱負的なもの

新年早々へヴィなことを吐くので、以下閲読注意。

 

過去のトラウマと向き合う

私は自分の希望や抱負を語るのが得意ではない。というよりも、本音を言えば大嫌いだ。

というのは、今まで希望や抱負を身内に語って、それらをことごとく邪魔されてきたからだ。

以前のエントリーでも触れているが、


今の私に必要なもの - みみずくDiary in China


過去の自分と向き合う - みみずくDiary in China

その渦中には、まさか身内があれこれ手を回して邪魔をしているとは思っていなかった。

当時は「身内だけが自分の将来を応援してくれている」と思い込んでいたので、どうしてことごとく上手く行かないのだろう、あと少しのところまでは行けるのにと思っていた。

これが自分の実力だったのだ、仕方がないと思って何とか消化しようと試み、結果を受け入れるようずっと努めてきた。

しかししばらくたって、私の希望が叶わないよう実はずっと邪魔をしていたのだ、と張本人に悪びれる様子もなくサラッと言われて心底ショックを受けた。その時の傷は今でもはっきりと心に残っていて、私のトラウマになっている。

生育環境に由来する歪み

実のところ、今まで何をしても貶されたことしかなく、無条件で認められたり受け入れられた経験がほぼない。

身内は、私に対しては卑下するような言葉しか吐かないくせに、対外的には私の努力をどうやら自慢しているらしい。間接的に認められているようで嬉しかったが、面と向かってはやはり貶される。

また、家族間の緩衝材として利用されていて、物心つく前後から常に家族の不満を聞かされて育った。

  • 離婚したいが邪魔者(=子供)がいるから離婚できない
  • 早く自由になりたいのにできない
  • 長子は引き取ってもよいが、アンタだけは絶対に連れて行かない
  • 離婚したらアンタは施設に入って
  • アンタのことはどうしても可愛いと思えない
  • お願いだから死んでくれない?

等々…。もっと色々あるが、到底書ききれない。

緩衝材としての役割が最も辛かったのは、高校~大学にかけてであった。その頃、私の食生活は異常で一日の食事もほとんどお菓子のみとか、胃薬のみだったりした。

特に高校時代は胃薬が手放せず、缶入りの「太○胃散」をおやつのように食べていた。(←粉末だけどね)自律神経がおかしくなって、真っ直ぐに歩けなくなったのもこの頃である。

親と言えど、自分の子に好き嫌いがあるらしい、とは知っていた。それに、長子がちょっと変わっていて手が掛かる分、却って可愛いと感じる半面、放置されて物心つく前から何でも自分でしなければならなかった私は、「生意気だ」「可愛くない」と言われ続けていた。

小さい頃は、私に構うと長子が嫉妬で引き付けや呼吸困難を起こすので、家庭内では存在がないものとして扱われ、可愛がられないことは当然だと思っていた。

病気をしても私だけ部屋に一人で寝かされ、天井を見つめていた。親の手を借りないと何もできない、自分の言葉で病状を説明できない長子だけが庇護の対象で病院に連れて行ってもらえていた。

しばしばひとりで放置されていたので、見かねた近所の小母さん方に「可哀想だ」と同情され、よく構っていただいたことは、今でもありがたく思っている。

これらのことはずっと誰にも言えなかったが、今になってようやく言えるようになった。

それに今となっては、2~3歳の子供に「可愛くない」「生意気」「邪魔者」「施設に行け」「死ね」等と常々言わざるを得なかった身内の状況に、同情を禁じ得ない。

きっと、相手もそれだけ追い詰められていたのだろう。相手も辛かったのだ。

承認欲求と抱負的なもの

そんな状況にずっと苦しんできたのだが、もう私もかなりのBBAである。いい加減、過去の自分を赦したいし、今も昔も幸せだと認めてあげたい。

とはいえ、どうやったら過去の自分と決別して、憎しみを解消して相手と自分を赦せるのだろうと、こんなに遠路はるばる外国に来てまで、いまだに模索している。

今も、自分の研究を進めるに当たって、また邪魔が入るのではないか、どうせ誰からも認めてもらえないのではないかなどと思うし、何の自信も持てずにウダウダしてばかりいる。

(我ながら時間の無駄で、非常に馬鹿馬鹿しいと感じる。)

ところで、聞くところによれば、日本のblog開設数は世界一だそうだ。

私もいつもたくさんの方々のblogを拝見させていただいているが、私のように「承認欲求」に悩んでいらっしゃる方も少なくないように思う。

どうしたら、私を含めたくさんの方々がもっと幸せに生きて行けるのだろうか。

今年は、過去を赦しより多くを受け入れ、いい加減に自分を前進させるよう、努力していきたい。

抱負的なものを語るのは大嫌いだが、私を幸せにできるのは、今のところ私しかいないのだ。(もしお知恵を拝借できるのであれば、人様のお力もお借りしたいが…。)

 

何とか自分を前に進ませ、早く自分を楽にしてあげたい。

 

嫌なことも逃げずに受け入れられるような勇気を、自分で自分に与えたい。

 

もっと自分を幸せにしてあげられるよう、足掻いていきたい。